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私の藤アシ布教の成果。
相方の那宮さんから藤アシ小説を強奪してきました。

本を買われた方はゲスト原稿で書かれている小説を読んでお分かりだと思いますが、
私なんかよりはるかに素晴らしい小説を書いてくれるので、
コレを読んだらこのブログの私の小説なんて読む必要なかっりします(笑)

実はコレ、最初にゲスト原稿で書いてくれたのですが予想外の長さで、
ページ数が私のマンガとほぼ同じ枚数になるので私が惨めになるからとWEB掲載にさせてもらったという裏話が(爆)

素敵な藤アシ小説です!
どうぞ続きへいってくださいな!!
 




>>> excuse


 いつもの保健室。
 出張保健室中です、と書かれた張り紙が貼ってある入り口のドアを開けて、夕焼けの赤い光が強く差し込むもともとは白い部屋へ明日葉はそろ~っと入っていく。
 この部屋の主はいなくても、ここの一角を自分の城にしている男子生徒がもし寝ていたら、と思ったからだった。
 開けたときと同じように、音を立てないよう気を付けながら保健室の扉を閉める。
 いつもは真っ白な保健室が、容赦なく夕焼けの光が横から入り込んでくる所為で赤く染められていた。
 酷く、眩しい。
 明日葉は思わず眼を細めた。その薄く開いた目で部屋の一角を見やる。
 窓際に置かれているベッドの周りにはカーテンが引かれていて、どうしても中の様子は伺えなかった。
「藤くん?起きてる…?」
 明日葉は恐々と声をかけた。もし彼が寝ているようならそれこそ起こさないように。
「…。」
 返事は返ってこなかった。
 手に持ったプリントの束と藤のスクールバックの紐をぎゅっと握り締めて、明日葉はまた恐る恐るベッドの周りに引かれているカーテンを捲って中を覗き見た。
(…寝てるんだ)
 ベッドの中に見つけた藤は瞳を閉じていた。
 こうやって静かにしているといつものイケメンっぷりが尚更増長される気がすると明日葉は思う。
 普段ですら女子から黄色い悲鳴を貰う彼だけれど、口の悪さとかサボり癖とかその他もろもろどこかもったいないところがあると思うので。
 しかし、女の子たちはそんな部分ですらカッコイイと思うんだろうなぁ、と明日葉は思い直す。
 カーテンの隙間からでも入ってくる夕陽の赤い光の中の藤に、明日葉はゆっくりと近づいた。
 寝顔を見るのは悪趣味なのかもしれないが、コレが初めてではないし、良いということにする。
 …それが初めてではないということに、時々ふと我に返るようになるときもあるのだけれど。
(…あの『藤くん』と、だもんなぁ…)
 過去の自分だったらきっと信じなかっただろう展開だ。
 あの藤と自分が友達だなんて。
 それは派出須と病魔に関することがあったからだとはいえ、やっぱり明日葉にはちょっと奇跡、としか思えないのだった。
(睫毛、長いなぁ)
 持っていたプリントの束を持ってきた藤のバッグの上に置く。自分のはベッドの脇の床にゆっくりと下ろした。
 一回起こして起きなかったらそのまま彼の荷物を置いて帰るつもりだった。
 別に一緒に帰るなどという約束はしていないし、彼には予定があるかもしれないし。
 時間が遅くなれば、あの過保護な養護教諭が彼を起こして帰宅させるだろう。
 そのとき一度教室に戻る必要が無いように、自分はこうして荷物を届けたわけだし。
「藤くん…」
 ちょっとだけ肩を揺すり声をかける。
 明日葉のその声はだいぶ、遠慮がちだった。
 起こしたいのだけれど、起こすのは忍びないような、そんな戸惑いを湛えている声だった。
「…ぅん…」
 あまり意味の無い言葉を発して、藤は寝返りを打った。仰向けの身体は明日葉のほうへ向き、横向きになる。
(藤くん、もう放課後だよ…)
 明日葉はちょっと寝汚い藤に遠い目になりかけた。
 サボり、なのだから、授業がやっているときならば意味があるのだろうが、これでは完全に午睡ではないか。保育園でもあるまいし。
(でも、ムリかな…)
 一向にその後も起きる様子のない藤に明日葉は諦めたようなため息をついた。
 心の奥底で寂しいと囁いた気がして首を振る。
 一緒に帰れなかったからといって寂しいとか。
 小さな子供じゃないんだし、そんなのは気のせいなのだ。ましてや。
(またあんなことになったら嫌だし)
 この間の苦い記憶を思い返す。
 その日も明日葉はプリントと荷物をもって放課後の保健室を訪れた。
 荷物も持ってきたし、もう帰宅時間だし、藤と共に帰れたらと期待して起こしたのだ。
 しかし。
『もう、放課後…?あ、やべ、俺呼び出しされてたんだ。アシタバ、荷物さんきゅ、また明日な』
 そういって。
 彼は上級生に呼び出された場所へ行ってしまった。内容は案の定、愛の告白というやつで。
 次の日、明日葉は美作に思い切り噂という名の事実を聞かされたのだ。
 前日に「また明日」とあっさり背を向ける藤に対して抱いた、どこか息の詰まるような苦しさを胸の奥底に沈めながら。
(なんで僕あんなに苦しかったんだろ)
 あの時の気持ちに整理をつけられないまま、明日葉は、きっと、たぶん、一緒に帰れることを勝手に期待して、しかしそれが叶わなかったからだろうと思い込んだ。きっと、そうだ。
 だから今日も藤が『一回で起きたら』一緒に帰ろうと声をかけてみるつもりだった。
 一生懸命起こして、それで帰れなかった悲しすぎるから。つまり今の状況は完敗なのだった。
(…帰るか)
 名残惜しく感じながら明日葉はベッドに屈めていた身体を起こした。そのとき。
「うわぁ!」
 離れていったはずのベッドが近づいて、むしろその白い寝具に顔を思いきり埋める羽目になって、明日葉は思わず叫び声をあげた。
 しかしその声も後半は布団に思い切り吸い込まれて、もがもがとよく分からない音になっている。
「あはは」
 上から面白がる声が降ってきて、そして後頭部に当てられたままだった熱が離れていったから明日葉は顔をあげた。
 視線の先に居たのはもちろん。
「なにするのさ。藤くん」
 明日葉の咎めるような拗ねたような声に藤はまたアハハ、と笑った。
「だってお前、一回声かけただけで帰ろうとするしさ。寝たふりには気付かねぇし」
「寝たふりしてたの!」
「だってお前が入ってきたときに起きてたもん俺」
「えー?」
 悪戯の成功した子供のように藤は笑った。太陽の赤い光に縁取られたその顔はちょっと。
(う、わ…)
 かっこいいなぁ、と明日葉は自分が見惚れていることになんて気付かずにその顔を見つめてしまう。
 ベッドに突っ伏した後に顔を上げただけのため、明日葉はベッドの横の床に膝をついて座り込んでいる状態だ。対して藤はベッドの上に座っていて、知らず、いつもより大きく見上げることになる。
 そんな状態で見上げた先の顔がそんななんて。
「…なんだよ?」
 藤が小首を傾げた。
 それに慌てて、何でもないよ、と首と手をふる。
「でもひどいよ、寝たふりなんて…」
 顔は笑ったまま、明日葉は優しく詰った。
 その言葉通りになんて本人ですら受け取らないだろう。藤も擽ったそうに笑うだけだ。
「もう…」
 仕方無しに明日葉はベッドの淵に手をかけて立ち上がろうとした。
「あ、バカ…っ!」
「へ?」
 ぐいっと、掴んだはずのベッドが動いた、と明日葉は思った。
 実際には明日葉が引いたものは、一部分だけ藤が身体の下敷きにしていた寝具であった。
 なので。
 がたっ。
「「うわっ」」
 二人の声が重なる。
 明日葉は身体の上に落ちてきたものを支えきれなくて、床の上に倒れこむ羽目になった。
 彼に足元を崩された状態になった藤はそのままベッドを落下し、明日葉の上に重なるようになってしまう。
「お、おい、大丈夫か?」
「あ、うん。だ、だいじょ、」
 答えた明日葉の声は、相手の唇に吸い込まれた。
 覗き込んだ藤と顔を上げた明日葉の、そのタイミングがちょっとでも、仮にズレていたなら後頭部と顎をぶつけることになっていただろうに。
 実際のところは。
「あ、」
「…!」
 お互いの顔を見合わせて固まってしまう。
 どうしても頭が先ほど口先に掠めた感触を思い出していた。
 かあぁっと赤く染まる顔を止められない。
 明日葉は、あ、と吐息のような声を出し、そうして一目散にその場から走り去った。自分のバッグを持って、それこそ全力疾走して。
 そこには、後に残された藤だけが、ベッドから落とされた状態のまま、固まっていた。
「ア、アシ…」
 名前を読んだ声は酷く掠れていて、小さかった。吹き飛んでいってしまいそうなくらい微かすぎた。
 だからその声は去っていく背中を引き止めることは出来なかった。
(あ、え…?)
 混乱した頭が状況をだんだんと正確に理解していく。そうして。
(俺、アシタバと、キス、したのか…?)
 半信半疑の心の声に答えてくれるものは何もなかった。

>>>

 翌日。
「くそ、ねみぃ…」
 段々と人通りの多くなってきた通学路を藤は欠伸を噛み殺しつつ歩いていた。
 周囲の女生徒がそんな藤くんもカッコイイと瞳をときめかせていたが、そんなことには全く気付いていない。
 何しろ、藤の頭の中はある人物のことでいっぱいであったので。
『あ、』
『…!』
 あのときの明日葉の顔を藤は鮮明に思い返せる。
 夕陽の赤い光だけの所為じゃない、真っ赤に染まった顔。
 詰めた吐息と、それから踵を返したときに微かに見えた瞳から溢れそうな涙。
(こっちが泣きたいって…)
 藤は眉を寄せ、そのまま潤みそうになる自分を叱咤した。
 眠気でかなり朦朧としている頭ががんがんと痛み、感情のコントロールが上手く行かない。
 こんだけ憔悴すれば寝れそうなもんなのに、いざ寝るとなると昨日の『あのこと』が甦ってきてしまうという悪循環だった。
(アシタバの、柔らかかったな…)
 制御の利かない頭は、はっと我に返るとどうしようもないことを考え始めている。
 藤は声にならない叫びを上げて髪の毛を掻き毟ることしか出来なかった。
(何で俺こんなになってんだ…?)
 思考能力の低下した頭では何も建設的な考えなど浮かばない。
 藤はため息と共に再びノロノロと通学路をたどり始めた。

>>> 

「藤くん、大丈夫かい…?」
 普段はそこまで踏み込んでこない派出須がベッドに寝そべった藤の顔を覗き込む。
 日常のようにここでサボっている藤にそんなことを聞くということはつまり、今の自分の顔がひっどいんだろうな、と藤は思った。
 余りにギクシャクする雰囲気に耐え切れず保健室に来たのは先ほどだ。
 授業中はそこまで一緒に話し込むわけでもないし、大丈夫だったけれど、結局ぎりぎりに着いて挨拶くらいしか交わす必要のなかった朝の時間とは別に、十分の授業合間の時間であれだけギクシャクすれば、もう藤には限界だった。
 明日葉を見ているだけで、ベッドの横の床に座り込んで、此方を上目遣いで見ていたあのときの顔が甦る。
 本当にちょっと。微かに指が触れただけでお互い、バッと音がしそうなほど勢い良く身体を離したりした。
 その都度、頬は条件反射のように赤くなり、同時に体温も急激に上がってしまう。
『オマエら、どうしたんだよ?』
 何かおかしいぞ、と鈍い美作にまで言われたことを思い出し、藤はまた重いため息を吐いた。
 こんな風になった原因なんてたった一つだけだ。
 でもそれを美作や周囲に知られてしまうのは非常にマズい気がする。
 偶然が重なってしまった、事故だったと笑って済ませられなかった自分たちはただただ気まずくなるばかりだった。
「ホント、大丈夫…?」
 オロオロとしている養護教諭に藤は、別になんでもねぇよ、とつぶやいた。
「何かあったら相談して…」
 こちらを伺っている派出須に藤は、だからなんでもないって!と叫ぼうとして、踏みとどまった。
 一応、変人とはいえ、こいつは仮にも養護教諭で、『大人』だ。…誰にも出来ない相談っていうのは、こいつにならできるのではないだろうか。
 実際、結構なところ、藤は切羽詰っていた。
「…あのさ」
「うん?なんだい?」
 派出須が優しい顔で答える。
 興味津々という反応をしないところに、こいつはやっぱり大人なんだなぁと藤はぼんやり頭の隅で思った。
「…恋愛対象でないやつとキスして、そればっかり思い出すとして」
 言いながら、この相談はバカバカしくないか、と思い直したものの、眠気で朦朧とした頭は口を止めることは出来ない。
「それって相手関係なく、キス自体が衝撃だったから何度も思い出すってこと、ありえるのかな」
 派出須はちょっと固まった。
 あ、バカにされるかも、と藤は身構えたが、派出須は考えるように宙に視線を移す。
「そうだねぇ、そういうこともあると思うよ」
 藤を見ながら派出須は微笑んだ。
「でもね」
「な、なんだよ」
「君たちは今、そういうことに興味が出る年頃だろうけど、見誤っちゃいけないのは感情だからね」
「感情…?」
 鸚鵡返しに呟いた藤に、派出須は手に持った湯のみを持たせて飲みなさい、と言った。
「そのときに何を思ったか、その時に何を感じたか、大人になったって忘れちゃいけないのは、そこだから」
 その時どう感じたか、を考えて、と派出須は珍しく先生らしいことを言うと、湯のみの中身を飲み干した藤をベッドへ寝かせた。
「少し眠ったほうが良いよ」
 口の先でさっき飲み干した茶の甘い苦味がひっかかる。一服盛られたか?と感じた藤はしかしそのままゆっくりと眠りについた。

>>>

 すっきりとした頭で藤は教室までの廊下を歩いていた。
 昨夜とは違って夢も見ず、ましてや考え込む暇もなく眠りにつけたので、派出須に保健室を出るときに「睡眠薬でも盛った?」と聞いたのだが、派出須は吃驚したように藤を見た後、リラックス効果のある薬湯で睡眠導入の効力はないけど…?という普通の返事が返してきた。
 別に飲んだ茶の所為ではないようだ。
 それじゃあ眠れたのは何でだろう、と考えて、寝る直前の派出須の声が甦る。
『その時どう感じたかを考えて』
 あのとき、自分がどう感じたか。明日葉とキスしてしまったその事実ではなくて、そのときの感情…。
「あー!分かるかよ!」
 頭を抱える。いや、たぶん、分かっているのだ。けれど、分かりたくない。
 同性とキスなんてしたのに嫌悪感も持たずにドキドキするのは、きっとそういうこと、なんだろう。
 これに気付いたら終わりじゃないか、と藤は頭を抱えながら教室に入った。
 教室は次の授業までの間の緩やかな時間が流れていて、明日葉も美作も何かを話している、いつもの光景が広がっている。
「おぅ、藤!」
 入り口の藤に気付いた美作が声をあげ、手を上げて合図する。
 席が前後なので、そのまま特に何も思わず藤は自分の席に向かった。
 それは必然的に美作たちの傍に行くことになるのだが。
「平気かぁ?オマエ、珍しくフラフラしてたじゃねぇか」
「別になんでもねぇよ」
 話しかけてくる美作を適当にあしらって席に着く。
 すると横の席にいた明日葉が心配そうに藤のほうを見ていた。
「藤くん、大丈夫…?」
 覗き込んでくる明日葉の顔にドキッとして、藤は肩を跳ねさせた。
 その目がやっぱり結構大きいんだなぁなんて性懲りも無く思ったりして。
「なんでもないって」
 いつものように振舞っているつもりだが、やっぱりあのときを思い出してしまう上に、今の覗き込んできた顔を可愛いと思ってしまったことが自分で分かって藤はとても動揺する。
 今の、すごく可愛かった。
 でも同い年の男子に可愛いって俺キモいだろそれ。
 ぐるぐると考えると横から美作が覗いてきて、「げっ」と声が出る。明日葉と同じことされたのに、こっちはキモい。必要以上近づくなっての。
「オマエ顔赤くねぇか?熱でもあんのかよ?」
「別に熱なんかない」
 口からぼそぼそと漏れる声は乾いている。
 鈍い美作にまでつっこまれて誤魔化すけれど、オマエやっぱりおかしいぞ、と言われてしまう。
 しつこいな、と言いながら、顔が赤くなっている原因を周囲に知られないと良いと藤は願った。
 気付かれてしまって、何故かを問われてもきっとまともになんて答えられないから。
 しかしその横で明日葉も顔を赤くしていることに藤は気付かない。
「そ、それよりさ」
 戸惑った空気の中で思い出したように明日葉が昨日のバラエティ番組の話をし出し、美作はすぐ乗ることで、そこの空気は流れていったのだけれど。

>>>

「はぁ…」
 ため息は簡単に落ちていく。もう何日、あれから経っただろう。
 藤は保健室のベッドから窓の外を眺めた。
 細かな霧雨が窓の外の景色を白く濁らせていて、あまりよく見えない。
 ここ数日、愚図ついた天気が続いていて、藤はそれに腐っていくように保健室のベッドでらしくなく落ち込んでいた。
 明日葉の心配りというか、フォローというか、何とか元に戻ろうとしてくれている努力のおかげで、今は表面上は以前のように戻ったように、傍からは見えるだろう。
 でもそんなのは全然嘘で、ギクシャクしまくりだった。
 二人きりになった瞬間は尚更だ。
 だんだん切なくなってくる。もう、俺、どうなってんの?泣きたい。嘘泣きでもいいから泣けたらいいのに。
 そんな柄にもないことを窓の外を見ながら考える。
 止まない雨はまるで晴れない霧みたいに覆っていてまるで藤の心の中みたいだった。
(俺、なんで、アシタバ好きになったんだろう)
 細くて小さくて、守ってあげたいと思ってしまう体躯はしているけど、きっとそれだけが原因なんかではない。
 近づかなければ、話してみなければ分からない良さが明日葉にはあって。
 人のことに気を配ることがそれほど得意ではない藤の性質をカバーできるほどの柔軟さを、明日葉は持っていると藤は思う。
 それは言葉だったり態度だったりで、そこかしこに散りばめられているのだけれど、それに救われることはきっと知らない内に沢山あったに違いない。
 藤はそういう明日葉の性質が、酷く愛おしいものだと感じていた。でも気持ちを自覚したところで。
(言えるわけないんだよな)
 それは他人に嫌われるのが怖いから。こんなことを自分が思うなんて思わなかったと、藤は自嘲する。
 嫌われるのが怖い、もし気持ち悪いとか思われたらと恐怖する、そんなことがあるなんて。
 期待なんてことは、もうとっくの昔に忘れてたはずなのに、どこかで明日葉が好きになってくれないかって、思っている自分がいて、それも藤を追い詰めた。
 友人に抱くだけではない気持ちがどんどん膨らんでいて、きつくなっていく。
(もう、出口見えなさすぎだ…)
 もう一度ため息を吐くしか藤にできることはなかった。

>>>

「じゃあまた明日」
 派出須に見送られて保健室を出る。
 本日の時間割の最後は美術で、大概時間の押すことになるその授業の後にホームルームはなく、授業終了後、皆はキリの良いところで各自終わりにすることになっていた。
 藤はもちろん、そんな時間は保健室だったので、美術教員と鉢合わせにならないようにある程度時間を遅らせてから、保健室を出る。
 雨はまだ止んでない。昇降口で靴を換え、傘を手に取ると、ドアの先に見知った後姿があって息が止まる。
「あ、」
 気配に気付いて振り返った明日葉が、藤くん、と名前を呼ぶ。
 その声を久しぶりに聞いた気がして、藤は泣きたくなった。
 授業は受けているし、なんだかんだいつも会っているはずなのに、自分の名前を呼ぶ声を久々に聞いたなんて。
(どんだけ避けてんだよ…)
 自分の気持ちを自覚してから、ここまで、藤はだいぶ煮詰まってきていた。
 そこへ、このタイミング。
 下校する生徒は早々に帰り、部活動へ勤しむものは部活へ。そのためか周囲に人はいなかった。
 運が悪いのか、何なのか分からないが、とりあえず明日葉の横を通らなければ家に帰ることも出来ないから、と藤は足を進めて明日葉の横まで歩いた。
 昇降口の軒下の手前。もう少しで雨に当たりそうな場所に明日葉は立っていた。
(スキだって言っちまえばいいのかな、もう)
 ぐるぐると勝手に渦巻いていく思考の中でそんな出来ないことを思う。
 以前のように、何もなかったかのように笑い会えているわけではないのはちゃんと分かっていた。
 取繕っている、そんな二人の間の空気感。
「さ、最近、雨ばっかりだよね」
 重苦しい空気に負けないように取り払うように明日葉は言った。
 別にそれはなんでもない言葉だったけれど、そのなんでもない、ということに何故か藤は酷く反応した。
「緊張してんの?」
「…え?」
 周囲を覆う霧雨みたいに寒々しい声が口から滑り落ちた。
 硬くなった明日葉の大きな目が藤のほうを凝視する。
 それを見ている自分とは別に、まるでもう一人いるみたいに自分が喋るのを藤は他人事のように感じていた。
「別に何するわけでも、起こるわけでもねぇのに、なんでそんな態度かてぇの?」
「べ、別にそんなつもりじゃ」
「…それとも何?期待でもしてるとか?」
 バカみたいだ、と藤は自嘲した。
 スキとか言えるわけ、ない。そんな簡単に自分の気持ちなんて伝えられないと、咽喉の奥の苦いものを飲み込んだ。
 期待なんてそんなもの、しているなら寧ろ、俺の方じゃないか。
「そんなこと、」
 傷ついたように明日葉の目が潤む。言葉は語尾にいくに連れて掠れていって、俯いてしまった彼からは何も聞こえなくなってしまった。
 がつん、と殴られた気分になる。
 俺、今何言った?
 後悔に揺さぶられる思考に藤は足元が崩れる感覚を味わった。
 俺、今、何を…。
 自分でも制御できない思考に襲われる中、明日葉はゆっくりと顔を上げた。
 その顔には貼り付けた笑顔。奥に何か隠しているのがバレバレの、でも精一杯取繕っている笑顔で明日葉は言った。
「ごめんね。僕、変だったかも。気分悪くさせちゃったらごめんなさい」
…なんでそこで、アシタバが謝るんだよ。なんで、俺じゃなくて。
「…止めろよ!」
 耐え切れなくて腕でそこら辺の雰囲気を払拭するように空気をかいた。
 しかし空を切るはずだった藤の腕は、目の前に居た明日葉に簡単に当たってしまって。
 そんなつもり微塵も無かったのに、明日葉は軽くて、後ろに尻餅をつくようにして、倒れる。
 霧雨が、明日葉を覆う。冷たい雨に晒されて、制服が髪が濡れぼそっていく。
 それを藤は呆然と見つめた。
「あ、」
 青ざめいく明日葉の泣きそうな瞳が簡単に藤を正気に戻す。
 ごめんごめん、俺。
 気を使わせて、酷いこと言って、謝らせて、本当に俺、なにやってるんだ。

>>>

「ゴ、ゴメン…!」
 ぞわっと、明日葉の背筋に何かが走る。
 どうしようどうしよう、そんな非建設的な言葉ばかりが頭をめぐって明日葉はパニックになりそうだった。
 藤の腕が当たって転げたことよりも、その眉を寄せた顔で振り払われたことのほうがショックだった。
 怒らせた、という事実が重く明日葉に圧し掛かる。
(バカだ僕、何考えてるんだろう)
 最近、元に戻れたみたいな気がしてたからなんて、言い訳にもなりやしない。
 あぁ、本当に僕、藤くんがすきなんだ。
 明日葉は雨で濡れる自分のことなど気にせずにそれを痛感した。
 友達として嫌われることだってものすごく辛いけど、好きな人に嫌われることは、こんなにも『痛い』。
 苦しくて、苦しくて、霧雨で湿ったワイシャツを握り締めると目を瞑る。

 あの、放課後の偶然のキスの後。
 明日葉は慌てて走って帰り、自室のドアを閉めるまで、止まらなかった。
 ドアを音を立てて閉めて、そうして座り込み、漸く口元に手をやる。
 まだ、唇に感触が残っている感じがして、反芻しているうちに頬がかぁっと熱を持っていくのが分かった。
(僕、藤くんと…)
 その先の言葉は想像も出来なくて頭が真っ白になる。
 ぐるぐるとまわる思考の中で、でもひとつだけの真実が明日葉を打ちのめす。
(嬉しかった)
 そのキスが事故だろうが偶然だろうが、その事実を嬉しいと感じている自分に気付いて、明日葉はどうしようもなくなってしまう。
(普通、気持ち悪いって思うんだよね)
 一般的な反応はそうだろうと、明日葉は悲しくなった。
 あの藤と仲良くなれて友達になれて、すごく嬉しいけど、奇跡みたい。
 そう思っていた気持ちはいつの間にやらどこか違うほうへ駒を進めていたようだった。
 藤が元々、魅力的な人間なのは間違いない。
 女子に黄色い悲鳴を上げさせるイケメンぶり、人に頼られる能力、それから、時折出される優しさ。
 それでもこの方向性の感情を自分が持つべきではないと、明日葉は分かっていた。
(明日はいつもどおりに、そうやって頑張ろう)
 きっと藤くんも事故だって思って気持ち悪くてもそのうち忘れてくれるだろうから。
 押し込めた甘い気持ちはしくしくと痛んだけれど、明日葉は日々が緩やかに流れていく、「いつも」が欲しくて心に決める。

 なのに。
(こんなの…)
 楽観的に捕らえすぎていたんだろうか。苦しい胸を押さえたまま、明日葉は泣きそうになるのを必死にこらえていた。
 すると、その胸を押さえていた腕を思い切り掴まれる。
「…いっ、な、何藤くん…!」
 力だけで引っ張り上げられ、そのまま腕を引かれる。
 雨の中、傘も差さずに藤はずんずんと進み、校舎の陰になっている場所まで明日葉を引っ張ってきた。
 今まで以上に人気のない場所に無理矢理連れて行かれて、明日葉は藤相手には感じたことのない恐怖を感じる。
 怖い上級生に呼び出されたとしたらこんな感じなんだろうかと思うような、そんな。
「ふ、藤くん…」
 まさか、あの藤が校舎裏でリンチとかはしない、はずっ!と怯えたままで声をかけると、藤は明日葉の腕を掴んでいた手を離して、明日葉を見た。
 その表情は少し泣きそうで、でも誠実ないつもの藤の顔だ。
 あれ、と明日葉が思ったときには藤の頭は下げられていた。
「ほんとーっにごめん!」
「え、ごめ、僕が…」
「ちがう!俺が悪い!ごめん、ほんとーにごめん!」

>>>

 明日葉に謝りながら藤の頭の中は後悔と、自分への思いっきりの罵倒でいっぱいだった。
(俺、馬鹿だろ、こんなにアシタバ泣かして)
 自分が傷つかないようにしていた行動で、相手を傷つけて、それで結局自分も苦しくなって。
 悪循環もいいところだ。
(そんで得たものって何もない)
 藤は内心で自分にきつくきつく言い放つ。胸の中は自分への怒りが溢れていて、明日葉に謝ることしか出来ない自分に腹が立った。
 ぐっと目に力を入れて、下を向いていた頭を上げる。
 目の前の明日葉は吃驚したように大きな目を瞬かせていた。
 場違いにもそれがまた凄く可愛いなと思う。
『何を感じたか、忘れちゃいけないのは、そこだから』
 派出須の声が脳裏に甦って、藤は腹を括る。
(可愛いって、スキって思ってるよ!これが答えだろ)
 ホントウの自分の気持ちに正直に。それは凄く難しいことだけれど、自分を好きになって欲しいのなら避けられない重要なことだ。
 それがホントウの気持ちなのだから。
「好きだ」
「え…?」
 藤は全身全霊で伝えるつもりで声を出した。大切な気持ちがちゃんと言葉に乗るように。
(あぁ、コレで、ほら、良かったじゃないか)
 言葉にした途端、藤は霧が晴れていくような感覚を味わった。同時に肩の力も抜けたような。
 そう感じて初めて、そういえば此処最近、肩に力が入りっぱなしだったことに気付く。
 どれだけ切羽詰ってたんだよ…と自嘲してしまうけれど、それでも伝えることが出来たことが何より自分を救っていた。
 嫌われるのも、気持ち悪いって思われるのも本当に辛いけど、アシタバにあんな顔されるほうが、ずっと辛い。
 吃驚した顔のまま此方を見ている明日葉に藤は言葉を重ねた。
「友達ってだけじゃなくて、キスとか、それ以上したいって意味で、アシタバが好きなんだ」
 だから、と藤は続ける。
「今まで変な態度取ったり避けてるみたいになって、ごめん。スキだと思ったら意識しちまって、どうしていいか分からなくなった」
 明日葉は藤の言葉を理解するのに時間がかかった。
「気持ち悪いよな。ごめん、もうこんなこと言わないから」
 だから藤の言葉にすぐに反応なんて出来なかった。
 真っ直ぐ明日葉を見て言葉を紡ぐ藤は何よりも自分に誠実で格好良いったらない。
(ズルい、ズルい)
 明日葉は泣かないように目に力をこめた。明日葉を見る藤の顔は悲しそうに沈んでいる。
(…かっこよすぎて、ズルいよ)
 明日葉は此方を悲しそうな目で見つめる藤の身体に近寄り、ぎゅっと抱きついた。
 恥ずかしさがどこか勝ってしまうから顔は上げられないけれど、今まで出来なかった分を補うように抱きつく。
「え…?あ、アシタバっ?」
 慌てたような声が降ってきたけど明日葉は聞かないふりだ。
 ズルいよ。そんな、なんでそんなに格好良いの。
「藤くん、ズルいよ」
「…は?」
 だってだって、僕だって。
 明日葉はドキドキと打つ鼓動を抱えたまま、藤の耳元に唇を寄せた。
「…き」
 微かな声はしっかりと藤の耳に届いた。
 恥ずかしい、よく藤くん言えるよね。
「え…ホントに?」
 戸惑いつつも藤の両腕が明日葉の身体に回る。
 ぎゅっと一度抱きしめた後で明日葉の顔を覗き込もうとするから、ヤダヤダと藤の胸に顔を埋めた。絶対顔は真っ赤だ。
 てか、この状況って。
 改めて自分たちの状況に頭が回った明日葉が顔を更に赤らめて、慌ててぎゅっとしたお互いの身体を引き離し後ろを向こうとするも、藤が笑ってもう一度抱きしめなおした。
「雨降ってるしさ」
 藤が笑って言う。
 彼よりも小さな明日葉の身体はすっかり藤の腕の中で、明日葉は現状にドキドキしながら、固まるしかできなかった。
「…全然理由になんてなってないよ…」
 しかももう止んでるってば、と、つっこんでみるけれど、藤が幸せそうに笑って腕を放さないから、明日葉はそのままでいた。
 校舎の影のこんな誰にも見えない場所でぎゅっとされたまま、そのまま二人で一緒にいた。
 少し前に止んでいた雨が、漫画みたいでどうしようもない。
 腕の中で恥ずかしさに耐えながら藤を見上げると、夕陽の赤い光に照らされた藤がいた。
 あのときと同じ笑顔。だけど全然違う現状。
 明日葉は苦笑すると、偶然なんかじゃないキスを受け入れた。







私にはとても書けない…!
本当にありがとうー相方よ!!

那宮さんの作品の感想とかもちゃんと伝えますのでどうぞ!!

あ、那宮ー、ご覧の通りブログの幅都合で、小説の段や行間を変更したかったら言ってくれー(´゚∀゚`;)

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